■ 生桑〜みえの家 1 ■
四日市市生桑町周辺は大変歴史のある地域で、「古事記」によると、ヤマトタケルノミコトがこの地を通りかかったとき、疲労から「わが足三重のまかりなして、いと疲れたり」と洩らした地とされています。この言葉が由来となり、このあたりは1950年代に四日市市に編入されるまで「三重郡三重村」と呼ばれていたそうです。
南北に長い三重県ですが、その県名の由来はこの辺りの地名からきているようです。 今回、このような歴史ある生桑町に代々お住まいになられるI様のご新居を建築させていただくことになりました。
ご主人様からお子様へ、さらにはその次の代へと住み継がれていってもらえるよう、価値ある建物を造り上げたいと思います。
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建築地全景
地鎮祭の様子
JIOによる基礎配筋検査
基礎立ち上がりの型枠組み
基礎工事完了
構造材入荷・土台据付け
南北に長い三重県ですが、その県名の由来はこの辺りの地名からきているようです。 今回、このような歴史ある生桑町に代々お住まいになられるI様のご新居を建築させていただくことになりました。
ご主人様からお子様へ、さらにはその次の代へと住み継がれていってもらえるよう、価値ある建物を造り上げたいと思います。